摘要

井上靖は伝統的な無常観を越えて、非情な自然と物質の世界に置かれた人間の「生」を直視し、そこから「生」への意志と人生に対する愛情を喚起するのは、井上文学の独自性の一つであるといえよう。井上靖は文学の中で、特に歴史小説の中で、最初から自己や人間を大写しすることを抑制し、歴史という大きな枠組みを厳しく設定して、宇宙的な視野から自然と人間存在を眺めていることから、井上文学は「私小説」とは違った系列のものであることが分かる。